ISMSのベースラインアプローチとは?導入手順と具体的な運用方法を初心者向けに解説
- 【監修者】金光壮太(ISOトラストのコンサルタント)
- 3月24日
- 読了時間: 10分

▼ 目次
1. はじめに
1.1. 本記事の目的と想定読者
ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)を導入しようと考えている企業の多くは、まずリスクアセスメントをどう実施するかで悩みがちです。一般的な詳細リスク分析は時間とコストがかかり、初心者にはハードルが高い場合があります。
この記事の目的
ベースラインアプローチの概念と導入メリットをわかりやすく解説
実務で使える導入手順と運用ノウハウを提示
成功・失敗事例から学ぶポイントで、審査準備をスムーズに
想定読者
これからISO27001(ISMS)認証を検討し始めた初心者の方
リスクアセスメントの膨大な作業に負担を感じている管理者・担当者
すでにISMS運用中だが、詳細分析と併せてベースラインを活用したい方
1.2. ISMSでベースラインアプローチが注目される背景
時間とコストを抑えたリスク管理: 全リスクを詳細評価するのは大変なため、あらかじめ「最低限必要な管理策」を定義しておけば、短期間で基本的なセキュリティ対策を導入できる。
審査員の視点: ISMS審査では「組織に必要なコントロールが広くカバーされているか?」が重視されます。ベースラインアプローチを導入していれば、抜け漏れを防ぎ、審査でも一定の水準をアピールできます。
1.3. この記事で得られるメリット
ベースラインアプローチの基本的な概念と導入ステップを把握できる
コンサルタント目線のアドバイスで、運用時の失敗を回避
他社事例から、自社に合った取り組み方をイメージし、審査合格への道筋をつかめる
2. ISMSにおけるベースラインアプローチとは?
2.1. ベースラインアプローチの定義
ベースラインアプローチとは、「組織が最低限導入しておくべきセキュリティ管理策」を先に定義し、リスク評価のすべてを詳細に行う前に必須コントロールを展開する手法です。
最低限の基準線(ベースライン)を設定しておけば、どんなリスクがあろうと“これだけはやる”という管理策がすぐ導入可能。
ISO27001附属書Aや業界ガイドライン、または自社の過去インシデント事例などをベースに策定する場合が多いです。
2.2. メリットと役割
導入スピードが上がる: 詳細分析をする前に、“とりあえず入れておくべき”対策を先に導入できるため、セキュリティレベルを短期間で底上げ。
審査や内部監査でも評価される: 重大な対策漏れが起きづらく、全社的に同水準のセキュリティが確保可能。
初心者に優しい: ISMS経験が浅い組織でも、最低限のコントロールをスムーズに適用できる。
2.3. 他の手法(詳細リスク分析)との比較
詳細リスク分析: 全リスクを丁寧に洗い出し、発生確率や影響度を数値化して最適なコントロールを選定
メリット: リソース配分が正確、無駄が少ない
デメリット: 時間と専門知識、コストがかかる
ベースラインアプローチ: まずは“必須の管理策”を適用し、あとで重大リスクだけを詳細分析
メリット: 時間と手間を削減し、早期導入可能
デメリット: 過剰・不足な対策のリスクが残るので、追加調整が必須
3. ベースラインアプローチ導入の全体像
3.1. 導入ステップの概要
要件整理: 組織の業種や規模、経営者の意向などを把握
ベースライン策定: “最低限必要なコントロール”をリスト化
導入・運用: 全社共通の必須対策を速やかに適用
追加リスク対策: 高リスク領域には詳細分析を組み合わせて強化
監査・レビュー: 不足や過剰を見直し、継続的に改善
3.2. 導入を成功させる3つの鍵
経営層の承認: ベースラインを決めるには、それなりの予算やリソースが要ることも多い。経営者の理解が不可欠
各部門の協力: 部署ごとのシステムや業務フローを無視すると、形だけの対策に終わりがち
定期レビュー: ベースラインを更新せず放置すると、変化する脅威に対応できなくなる
3.3. どんな企業に向いている?
中小企業やISMS初心者: 全リスクを詳細に分析するリソースがない場合に有効
拠点・子会社が多い大企業: まずは統一の最低基準を設けることで、監査や管理の効率化を狙える
4. 【導入手順①】ベースライン定義の準備と要件整理
4.1. 組織の規模・ビジネス特性を把握
プロのアドバイス: 小売業、製造業、IT企業など、業種で求められるセキュリティ水準は違います。顧客データを大量に扱うなら個人情報保護にも重点を置くなど、事業特性を最初に明確化。
資産一覧: どんな情報資産や設備があるかリストアップ(顧客DB、従業員情報、製品仕様、パソコン端末など)。
4.2. 経営者・セキュリティ担当とのヒアリング
経営層の意向: 「コストは多少かかってもインシデントは絶対防ぎたい」「まずは最低限の対策で早期取得を目指したい」など
既存対策の洗い出し: すでに導入済みのファイアウォール、アンチウイルス、入退室管理などを把握しておくと重複投資を避けられる
4.3. 必須コントロール候補の抽出
ISO27001附属書AやISO27002の管理策から必要そうな項目をピックアップ(パスワード管理、アクセス制御、バックアップ、教育など)
他社事例: 業界ガイドライン(金融庁、経産省など)を参照して必須対策を取り入れるのも定番
5. 【導入手順②】ベースラインの策定・文書化
5.1. ベースラインアプローチの策定フロー
抽出: 要件整理&リスク評価で洗い出した管理策を、ベースラインに入れるか選定
調整・修正: 組織のリスク許容度やコストを踏まえて、どこまでを必須とするか決定
文書化: 「ベースライン管理策一覧」として社員に周知し、変更時は履歴を残す
5.2. 管理策レベルの設定例
レベル1(最低限): ウイルス対策ソフト、OSアップデートの定期適用、パスワードルール
レベル2(標準): ファイアウォール設定、クラウド環境のアクセス制御、メールフィルタ訓練
レベル3(高度): 多要素認証導入、脆弱性スキャンの定期実施、SIEMによるログ一元監視
5.3. 社内周知と教育
イントラ・マニュアル: “ベースラインコントロール”を箇条書きや表形式でわかりやすく掲載
部門別研修: IT部門、総務部、各事業部など、守るべき管理策をどう実務に落とし込むか具体的に解説
内部監査の準備: 監査時に担当部署が「我が部署でのベースライン適用状況」を説明できるように
6. 【導入手順③】具体的な運用方法:チェックリスト活用と継続的改善
6.1. チェックリストで日常運用を円滑化
例: アクセス権限付与手順、パッチ適用スケジュール、鍵・IDカード管理などを一覧にして定期チェック
コンサル経験談: ExcelやTrello、Teamsなどのタスク管理ツールで可視化している企業は運用漏れが少ない印象
6.2. 監査・レビューでの評価
内部監査: “ベースラインが全社に導入されているか”“不適合があれば改善策を計画しているか”を確認
マネジメントレビュー: 経営層への報告で「ベースライン対策がどの程度機能しているか」を数字や事例で示す
6.3. 追加リスクや例外の取り扱い
例外管理: レガシーシステムなどでベースラインを100%適用できない場合、上長承認や補助的対策でリスクをカバー
新サービス開始時: リスクが増える場合は詳細リスク分析を補足し、必要な追加対策を導入
6.4. PDCAサイクルのポイント
Plan(計画): ベースライン策定と運用計画
Do(実行): 管理策を導入し、社員教育を行う
Check(監視): ログ・監査で実施状況やインシデントを把握
Act(改善): 不足や新リスクに合わせてベースラインや手順を更新
7. 他社事例:ベースラインアプローチを活かしたISMS運用
7.1. 製造業A社:大規模リスク分析を省略し、短期間で認証取得
背景: 社内リソースが限られ、詳細リスク分析に時間をかけられない
対策: まずベースラインで必須対策(ファイアウォール、ウイルス対策、パスワードルール等)を全拠点共通化
結果: 半年でISMS審査をクリアし、残った個別リスクはその後の追加分析で補完
7.2. IT企業B社:拠点ごとのばらつきを解消、運用コスト削減
課題: 海外拠点やスタートアップ子会社が独自のセキュリティ対策をしており、監査が複雑
対策: ベースライン管理策を全拠点に適用。残った個別リスクには最小限の詳細分析
効果: 監査対応がスムーズになり、維持コストも大幅に減少
7.3. 金融機関C社:詳細分析の前段階としてベースライン運用
手法: 全社的にベースラインで基本対策を標準装備→ 重大リスクだけ別途詳細リスク分析
成果: 重要システムへの重点投資がしやすくなり、ISMS審査でも「抜け漏れリスクが少ない」と評価された
8. 失敗事例と回避策
8.1. ベースラインが単なるチェックリストで形骸化
原因: 作成しただけで、運用フローや担当者の割り当てが曖昧
回避策: 部署ごとに“ベースライン担当者”を決め、定期的に実施報告を上げる仕組みを整える
8.2. リスクレベルに合わない過剰対策でコスト増
原因: すべてを最強レベルの管理策にしてしまうと、導入・維持費が高くなる
回避策: “ベースラインはあくまで最低限”とし、業務に合わせ柔軟にカスタマイズする
8.3. 重大リスクにもベースラインだけ
原因: ベースライン策定に安心して、本来詳細分析が必要な大リスクを放置
回避策: 大きなリスクがあるシステムや個人情報保護領域などは、詳細リスク分析を併用し、追加対策を導入
9. Q&A:ISMSベースラインアプローチに関する素朴な疑問
9.1. 「ベースラインアプローチだけで審査は大丈夫?」
回答: 多くの場合、主要リスクをカバーできるが、重大リスクがある場合は詳細分析を補完する必要があります。審査員も“追加リスク対応”の確認を行う傾向あり。
9.2. 「小規模企業でも使える?」
回答: むしろ小規模企業ほど、全リスクを詳細分析するリソースが少ないのでベースラインが効果的。限られた人手で最低限の対策を早期展開できる。
9.3. 「導入後どのくらいの頻度で見直す?」
回答: 内部監査やマネジメントレビューのタイミング(年1回など)で定期的にチェック。新サービス開始や大きな組織変更があれば随時アップデートも推奨。
9.4. 「ベースラインの中身はどう決めればいい?」
回答: ISO/IEC 27002の管理策一覧や、業界ガイドライン、社内過去インシデント事例などを参考に。可能ならプロのコンサルや専門家に相談すると早い。
10. まとめ:ISMSのベースラインアプローチを使いこなし、効率的なリスク管理を実現
10.1. 記事の総括:ポイントの再確認
ベースラインアプローチ: 最低限のコントロールを先に定義して、リスク管理を迅速化
導入手順: (1)要件整理→(2)ベースライン策定→(3)運用→(4)監査・改善→(5)追加リスク対応
注意点: 大リスクには詳細分析も併用し、ベースラインが形骸化しないよう定期レビュー
10.2. 次のアクション:導入手順のおさらい
リスクアセスメントで組織の主要脅威と既存対策を洗い出し
ベースライン管理策として“必須コントロール”をリスト化し、社内周知
実行+監査: チェックリスト運用とマネジメントレビューで運用実態を確認
不足や重大リスクには追加分析を行い、最適化を進める
あとがき
ベースラインアプローチは、リスクアセスメントに時間やコストをかけられない企業がまず“確実に守るべきコントロール”を押さえ、全社的なセキュリティ水準を短期間で向上させる強力な手法です。ただし、全てのリスクが完全に解決できるわけではないので、重要システムや機密データには追加の詳細分析が必要となるケースも。本記事を参考に、ベースライン+αの形で効率的なISMS運用を実現し、審査合格や実際のリスク低減にお役立てください。
この記事の監修者情報
金光壮太 (ISOコンサルタント)
大手商社にて営業を経験した後、ISOコンサルティングに従事。ISO9001、14001、27001を中心に、各業界の課題や特性に応じたシステム構築や運用支援を行い、企業の業務効率化や信頼性向上に貢献。製造業や建設業など、多岐にわたる業界での豊富な経験を活かし、お客様のニーズに応じた柔軟なソリューションの提案を得意としている
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